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理想の建築

価値を求められる建築は、芸術にはなれないという宿命を背負っている。

でも、僕には理想の建築がある。

そのために僕はどうやらこの30年間「創作の自由」というものを大切にしてきたようだ。やっぱり僕だって普通に地位や名誉、お金も欲しい。でも、尊敬する先人を見ると天才でもない限りそれらを全部手に入れるのは難しいようだ。だから何を優先するかを決めなくてはいけない。

自由 > お金 > 名誉 > 地位

戦略的に創作の自由を確保するためにしてきたことはないけれど、結果的に今僕は大変恵まれた環境にいる。

クライアントや敷地が変われば当然建築も変わる。でも変わらないことがある。機能的であること。シンプルであること。普遍的であること。美しいこと。愛情を込めてすべて手で作ること。

クライアントが共感してくれるのは、目に見えるような形とかデザインではなく、そうした創作の姿勢なのだと思う。ましてや僕は有名ではないからブランドでもない。そういうものへの共感、賛同があればこそ、創作の自由が許されているのだと強く思う今日この頃だ。

多くの同業者は有名願望が強い。資本はわかり難い理想や哲学、思想よりもわかりやすい形やデザイン、ブランドを求める。みんなそのリスクを承知しているのだろうか。それに抗うことはかなりの孤独を強いられる。僕にはコルビジェのように理想をかかげ、真っ向勝負で体制と立ち向かう強さはないし才能もない。どこまで登れるかはわからないが、共感してくれるクライアントとともに自分なりの方法で裾野から理想の建築という山を登り続けることにする。



Architecture be asked to value , are carrying a fate that can not become art .

But , I have the ideal architecture .

Apparently I seem to have cherished "freedom of creation" for the last 30 years. I even want honor and status, even after all the money normally. But it seems to be difficult to obtain all of them except a genius when I refer to an architect to respect.So do not we have to decide what to do priority .

Free > Money > Honor > Status

Though I haven't done it to secure freedom of creation strategically, as a result, I am in the at all advantaged environment now.

If a client and a site change, naturally the building changes, too. But it may never change. To be functional . Functional. Simple. Universal. Beautiful. All handmade with love.

I think what a client sympathizes with to be a posture of such a creation not visible form or design. Let alone I'm not a brand because I'm not a famous. I think strongly nowadays that the reason why freedom of the creation is permitted is that a client has sympathized and approve of such a thing.

Many archtects have a strong famous wish. A capital asks for an intelligible form and design and brand more than unclearly philosophy and ideal and thought. I wonder everyone has understand the risk. Be resisting against it is forced to loneliness considerable . I don't have a strength and talent that Le Corbusier hold out the ideal and fight a system. I don't know how far I can climb , but decided to continue climbing the mountain of architecture of the ideal from a foot in my way with the client who will sympathize me.
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by unocolumn | 2014-04-19 17:45 | 建築観

アイコン建築物・ブランド建築家

ユリイカの3月、4月号の飯島洋一氏の論考は痛快だった。
表題は「らしい」建築批評。
内容は新国立競技場計画設計競技の批判に始まり、ザハを初めとする著明建築家が作る建築を「アイコン建築物」といい、彼らを「ブランド建築家」と切り捨てる。また、彼らは資本家の「顕示的消費」「見せびらかしの称賛」のための定番商品を作り続けているだけで、安藤がスタンスが同じというル・コルビジェが抱いた革命の精神性は全くないばかりでなく単なる趣味的なだけだと言い切る。そして、真に強い建築とは自立性や表現の強さではなく、建築が自ずと自然に馴染むことの強さだったり、コルビジェのように社会改革のための建築という強さこそ建築に求められているという。などなど一部を紹介したが、彼の論考は多岐に渡り、数十ページとなり次号にも続いている。

同年代の僕には彼の怒り、悲しみは手に取るほど良く分かる。安藤に憧れ建築家を目指した僕らの世代にとって安藤の裏切りは許せないものだ。僕自身20代はむさぼるように安藤建築を見て回り、ディティールを研究し、いつか安藤のようになりたいと憧れていた。しかし、彼の仕事量や規模が増すにつれ、彼は僕の憧れではなくなった。そして、征服すべき山がなくなった僕の30代は、遭難した登山者のようなだった。もうあの苦しい時代には二度と戻りたくないが、彼がいなくなったおかげで今の僕があることは疑いのないことだ。あらためて思うと僕のこの20数年間はブランド建築家になりたくない、アイコン建築物は作りたくない、資本家の道具にされたくないともがいてきた時間だった。そして、彼がいう真に強い建築を模索した時間だったともいえる。
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by unocolumn | 2014-04-12 13:48 | 建築観