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9/30 みえるものみえないもの

以前あるベテランの女性編集者からこんなお手紙をいただきました。

「あなたの作る住宅は、著名建築家に酷似していて倫理的に大変問題がある。責任あるジャーナリストとして関わってはいけない仕事だと思う」

先日、塗師の赤木明登さんの個展に行きました。主には、椀や盆などの漆器でした。美しい形というのは、数百年前からあまり変わってはいないのだと思いました。木地師が木型を作り、塗師がそれに漆を塗る。数百年変わらない生業です。彼はそのスタンダードな形に漆を塗るということだけに自らのすべてを捧げて仕事をしています。見方によっては、過去のものの真似ばかりで、取るに足らないもののように見えます。それでは、あまりにも道具の本質、職人の仕事を知らなさすぎる貧しい見方ではないでしょうか。違いは見ただけではわからない場合もあります。触れてもわからない場合だってあります。使い続けて始め伝わる(感じる)ものかもしれません。このように必要な機能と作り手の心を伝えるコミュニケーションツールであることが道具の本質であり、建築にとっても大切なことだと思います。もし、仮に私がある有名な建築と全く同じもの作ったとしても、私にしか伝えられないものが必ずあるはずです。ちっぽけなオリジナティーを振りかざすのはあまり好みではありません。これからも塗師の仕事が分かるような人たちのために仕事をしていきたいと思います。
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by unocolumn | 2009-09-30 18:02 | 建築観

9/8 ものといのち

人は、もの1によってなかみを見ることができる。もの1無くして、どうして人間という不完全な存在が、いのちに至ることができよう。むしろ心に近づくために、神が人に与えてくれたものが、もの2の本質だと言っていいかもしれない。このように、もののリアリティー(存在感)1によっていのちを追い、いのちによってもののリアリティー1を求める人は、ただもの1を見たり語ったり分析したりしていることでは満足できず、自らの手でそれをつくらずにはいられない。というよりは自らつくらずして、もの1の本質を見ることはできない。
(中略)ものをつくるという人間の行為は、なんと不思議な神秘であることか。自分を捨て、自分を超えた素晴らしいものに、身を捧げ、没入する。それを部分的にではなく、すべてをかけて行ったとき、まぎれもなく、まさにその人そのものが大きく姿を現す。

これは最近読んだ「シェーカーへの旅」藤門弘著の巻末で、建築家の香山壽夫氏が書かれた解説の中での一文を、勝手ながら少し自分なりにしっくりする文字におきかえたものです。太字が置き換えた文字。  原文 1「かたち」、2「かたちというもの」 
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by unocolumn | 2009-09-08 10:49 | 本・言葉

9/5 ミッション

技術を駆使して見栄えの良い建築を作ることはそれほど難しいことではありません。しかし、建築の本来の目的ではありません。建築にとって重要なことは、それを作る人の人間性です。なぜならそれは、人間が人間のために作るものなのだからです。建築に与えられたミッションは、人を豊かにすることです。そのためにいかなる場合においても美しくなければなりません。
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by unocolumn | 2009-09-04 23:03 | 建築観