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8/30 志

どんな仕事も大切なことは「志」だ。
利害が大きく絡み、おおくの人の手で作られる建築という仕事は、それを保つには特段の努力がる。時には誤解や対立もある。また、それを適度に保つということもありえない。有るか無いかだ。一貫していなければ職人の信頼は得られない。孤独を恐れているとすぐに壊れてしまう。しかし、それを乗り越え積み重ねることで、自然に志の高い職人が集まって来る。あとはすべて上手くいく。
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by unocolumn | 2009-08-31 11:06 | 建築観

8/21 犬馬難鬼魅易

犬馬難鬼魅易(ケンバムツカシ キミヤスシ)これは画家の松田正平や白洲正子が大切にした言葉です。「鬼や魑魅魍魎などの奇異なものを描くのは簡単だけれど、犬や馬などの平凡なものを描くのは難しい」という意味です。当たり前のものを当たり前に描く難しさ、そして、平凡なことに繰り返し感動できるすばらしさを云っています。

私も大切にしたいと思います。
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by unocolumn | 2009-08-21 21:49 | 本・言葉

8/17 料理のように

料理は素材が生きるように、美味しく食べられるように調理します。栄養の摂取だけであればサプリメントだけでも生きていくことは可能でしょう。でも、それでは”食の歓び”は感じられません。実は建築も同じです。機能だけを満たせばよいのであれば、どんなものでも作ることが出来ます。でも、それでは”生活の歓び”は感じることはできません。やはり”心が歓ぶ”素材で作ることが大切です。
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by unocolumn | 2009-08-17 17:02 | 建築観

8/13 柳宗理 エッセイ

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柳宗理 エッセイ
印象に残った内容を一部紹介します。

「ほとんどのデザイナーが人々の購買欲をそそるため、刺激的なデザインに憂身(ウキミ)をやつしていた。また商品の回転を早めるため、移り変わりの早い流行のデザインに熱を入れていた。このようなデザインをインパルス・デザインと言うが、・・・」

「無駄なものは一切省き、機能的にぎりぎりの形まで追求されている。したがってデザイナーの美意識等介入する余地は一切ないわけだが、かえって厳然とした姿をしていて、正にこれをアノニマス・デザインと言えるだろう。人間の命から出発したものは、商売として金儲けのために作られたものとは較ぶべくもない美しい姿をしているわけだ。」

「デザインの形態美は、表面上のお化粧づくりからでは出て来ない。内部から滲み出たものである」

「本当の美は生まれるもので、つくり出すものではない」
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by unocolumn | 2009-08-13 14:14 | 本・言葉

8/12 建築家 白井晟一の言葉

「初心忘るべからずというところかな。能藝のことは知らないが、建築の修行にも世阿弥の稽古精神はそのまま遵奉(じゅんぼう)してよいと思う。不断の、そして老後もなお初心を忘れるようでは自分を全う出来ない。人間は器用な動物だけれど、こういう単純な原理に縛られている。そういうことでは建築家も職人も同じはずと思うんだが、建築家の場合は、頭の中だけで終わってしまうことが多いのではないかと思う。比較的実力ありと思われる建築家に、かえってそういうのが多い。形の新奇をねらうのはよいが、ディテールが不誠実なのはそういう心がけが欠けているんだ。いい建物は、たしかな構造とひとをひき上げられる形を持っていると同時に、充実した空間は誠実なディテールの集積だと思う。手が込んでいるとか、上質な資材を磨き立てることとは違うよ。歴史を作ろうという思い上がりよりは、時間に堪えられるとか、丈夫で長持ちなものをつくることを後ろ向きだと思う心得違いのものもきっといるね。そういうこと(時間に堪えられるとか、丈夫で長持ちなもの)が建築家の良心だし、正義感というのも、この辺の人間的な反省から自然に湧いてくる実感にならぬといけない。けれどこういった建築の質と建築家の倫理とはマスコミの素材とはならない。」
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by unocolumn | 2009-08-12 11:25 | 本・言葉

建築の詩

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建築は詩―建築家・吉村順三のことば一〇〇



すばらしい言葉ばかりですが、ひとつだけ紹介します。

  心の豊かさ
     建築は、はじめに造形があるのではなく、はじ
     めに人間の生活があり、心の豊かさを創り出す
     ものでなければならない。そのために、設計は、
     奇をてらわず、単純明快でなければならない。
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by unocolumn | 2009-08-12 11:01 | 本・言葉

8/12 「 デザインの10原則」

1、良いデザインは革新的である。  
  新奇なものを生み出すのではなく、新しい技術を暮らしに役立つもの  として提供します。  
2、良いデザインは、製品を有用にする。
  本当に必要な機能を備えた商品であること。また、その製品を使う人  の生活環境に合うものであること。
3、良いデザインは、美的である。
  日々身近にあるものこそ、美しくあるべきです。
4、良いデザインは、製品をわかりやすくする。
  操作や扱いが誰にでも分かるようにします。表示の文字は見やすく、  意味がすぐに理解できるようにします。人の自然な行動に添うように  します。
5、良いデザインは、押しつけがましくない。
  日用の道具は、芸術品でも、ましてデザイナーの自己表現のためのも  のでもありません。使う人の生活の場に自然にとけ込むように、控え  めにします。
6、良いデザインは、誠実である。
  実際より良く見せる、見せかけだけのデザインはしません。誤った期  待をもたせるような過大な宣伝などはしません。良いデザインは、も  のをそれ以外にもそれ以上にも見せることはありません。
7、良いデザインは、恒久的である。
  流行を追いかけて短期間で消費される、使い捨てのデザインはしませ  ん。
8、良いデザインは、あらゆる細部まで一貫している。
  隅々まで徹底して気を配ります。製品だけでなく、読みやすい説明   書、取り出しやすいパッケージなど。
9、良いデザインは、環境に優しい。
  資源を無駄にしない、自然環境を汚染しない。また生活環境を見苦し  くするようなデザインはしません。
10、良いデザインは、できるだけ少なく。
  真の豊かさとは何か。より少ないもので、より多くの豊かさをめざし  ます。

               デザイナー  ディーター・ラムス
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by unocolumn | 2009-08-12 10:27 | 本・言葉

8/7 汚れ

よく外壁の”汚れ”が目立つという話を聞く。同じ場所に生えている樹木の”汚れ”が目立つなんてきいたことがない。実は”汚れ”というのは我々の一方的な価値観で、単なる自然現象ではないか。それが目立つということは、自然と仲良しではないということだ。もっと自然と仲良しになれる作り方をすれば、”汚れ”も自然の景色になるはずだ。そういう家が街を美しくしていく。
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by unocolumn | 2009-08-06 17:11 | 建築観

8/7 体裁

最近気づいたことがある。いつも注意はしているが、ついつい欲が出てしまい”素材の声”を聴かずにきれいに見せようとしたり、小手先を使い体裁を整えようとしてしまう。それは目先の評価を求めているからだと思う。素材がなりたいかたち、素材が喜ぶ作り方というものは必ずあるものだ。それを無視して体裁を整えてしまうと一時の評価は得られるが、真実はあとで出てしまう。建築はあとの方のがずっと長い。そこに照準をおいて作るべきだ。だから目先の評価を求めずに素材が喜ぶものを作っていきたい。
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by unocolumn | 2009-08-06 16:50 | 建築観

8/6 仕事の仕方

私の仕事で最も特徴的なのは、自ら家づくりを行なうということです。本来の建築家は施工を行ないません。ましてやこのご時世、施工分離が声高に謳われている中で、それに抗うようにあえて現場に身を置いています。

 そこにいたるまでの経緯は単純ではありませんでした。従来のように設計し工務店に発注し監理するという仕方から分離発注形式を経て、6年前に建設業法の許可を取得し現在に至りました。一貫した思いは「限られた予算の中でベストなパフォーマンスを」ということです。設計者は誰しもが自ら設計したものを100%実現したいと思うものです。その点で私は、工務店との家づくりに限界を感じていました。

 同じ映画を観ても、同じ本を読んでもその捉え方は十人十色です。同様に同じ図面を見ても工務店や職人により、その出来上がりのイメージはそれぞれに違っています。それが現場で自由に修正が可能であれば問題はないのですが、工務店が請負った段階でその主導権は私の手から離れてしまうのです。そして、すべての工程で工務店の意思が大なり小なり反映されてしまうのです。それは、時に良い方向に向かう場合もありますが、常に利益を上げなければならない工務店との家づくりは、私にとってストレスの多いものでした。どんなものを作りでもいろいろな意思がそこに働いてしまうということは決して良いことではありません。そこで私は昔、町の大工さんが請負っていた時のようなシンプルな家づくりにしようと考えました。それは、私、職人、施主の3者だけで作る家づくりです。当初は施主が各職人に仕事を発注し、私が管理する分離発注形式をとっていましたが、お金の管理と責任の所在が不明瞭なので、いっそ私がすべてを請負うことにしました。そうすることで設計の段階から職人と打合せをしながらすすめることが出来るので、見積りの精度が上がり、私の意思が十分に現場で反映されるようになりました。

 また、工務店と仕事をする場合、施主と工務店との利害調整をすることが我々設計士の大切な仕事であったのですが、直接職人と仕事をするようになってからはそんな気遣いは必要なくなり、職人の日当として2万5千円(人工2万円+諸経費5千円)の予算を考えておけば、私も職人も目標は、「良いものを作る」ということに集中することができるようになりました。もちろん、私自身も工務店の諸経費にあたる現場管理費をいただいています。そして、施工にかかる全てのお金を管理します。責任は重くなったのですが、以前は現場での変更なども工務店の判断を待たなければならなかったのですが、それが私の判断で瞬時にかつ自由に出来るようになりました。その場合、私の費用負担は免れないですが、それを避けるためにも設計の段階での精度が重要になるのです。また、職人にとっても現場で直接設計者の意見を聞き、即施工に反映できるということはとても効率の良いことです。このような家づくりが出来るようになるまでには10年以上かかりました。高いスキルを維持しないと設計者にとってはリスクが高く、なかなか踏み出せないやり方ですが、将来必ず私のような設計者は多く出てくると思います。だって今の建築家は、シナリオを書くだけの映画監督のようでもあり、レシピを作るだけの料理人のようでもあります。私にはそれが不思議で不自然なことに思えてなりません。

シンプルなものは、シンプルな関係の中でしか生まれません。
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by unocolumn | 2009-08-05 21:52 | 設計・施工