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カテゴリ:本・言葉( 35 )

"美”について

美とは本来ありもしないものだ。もしあるとすればそれを発見した個人の中にある。芸術家はたしかに美しいものを作ろうとするが、それは美しいものなのであって、美そのものではない。そんなことを頭の隅っこで考えながら仕事をしても、美しいものなんか出来っこない。1つひとつのことに集中し、工夫をこらしていけば、余計なことを考える暇はない筈である。ずい分下手な説明だが、何もかも忘れて一心に仕事に打ち込んでいる人なら、こんなことは自明のことで、人に語れるものではないだろう。                                    青山二郎
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by unocolumn | 2010-08-26 23:14 | 本・言葉

こだわらないこころ

妻は、家族以外の人とは対立したことがない。トラブルを起こしたこともない。そのことで先日家内と話した。彼女曰く、「家庭には守るものがあるけど、他には全くないから」これには久々にガテンがいった。確かに彼女が何かにこだわって怒ったり、悩んだりしているところをみたことがない。ボクは妻と違い、”こだわり”の固まりのような人間。守るものがいっぱいある。”シンプル””シンプル”と叫びながら、守るものがいっぱいあるボクは偽善者なのだ。そういえば大好きな良寛は”こだわらないこころ”の達人だった。残したものの品格は追随を許さない。本当に強い人だった。”こだわらないこころ”から本物の美が生まれるのだと確信した。
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by unocolumn | 2010-07-27 19:11 | 本・言葉

"寛容”

先日、免疫学者の多田富雄氏が亡くなった。氏が生前強く訴えた「寛容」という言葉が心から離れない。頻繁に起こる幼児虐待や異様な殺人事件は、「寛容」が社会から亡くなりつつあるからだ。それは、人が自然のなかで生活する機会が少なくたったことも大きく影響していると思う。自然は時に不都合で不便なものだ。人の力ではどうにもならないことばかりだ。人はそこから謙虚さを学び、耐えることを知り、考える力を養い、許す心が育つ。つい最近まで家は、自然を学ぶ大切な場所だった。自然が家のなかに日常的にあった。まさしく「寛容」の心が育つ絶好の場所だった。高気密高断熱、24時間換気、ハウスメーカーに代表される工業化住宅やマンションに自然を学ぶ場所はほとんどない。便利さと快適さ、汚れれば張り替えるビニールクロス、掃除のしやすさだけしか価値を見出せないフローリング等々・・・。それを危険だと感じないのだろうか。犯罪を減らすために建築にもっとできることがあるはずだ。
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by unocolumn | 2010-07-25 00:28 | 本・言葉

7/7 「堀文子の言葉 ひとりで生きる」を読んで その2

「その時その時どうやって生きているか、その痕跡を絵(建築)に表すので、一貫した画風(作風)が私にはないのだ。結果として画風(作風)が様々に見えても、それらは全て私自身なのである」 


「生涯を共にした気難しい日本画(建築)は私に雑念を抑え考えることを教え、抑制と静謐な美を気付かせた。そして無私と集中を叩き込んでくれたのも、古風な日本画(正直な建築)であった」           

「神の造った色や形(素材)の美しさに吾を忘れ描き留めた(造り続けた)その線(形)は、自然の力を借りてできた記録で、私と神の合作なのだ。その時何を見、何をはぶいたか、私の能力の限界を残す自然との果たし合いの記録ともいえる」


「泥水をかきまわし、その混沌のなかから顔を出すようにしていつも私の絵(建築)は生まれてきた。人は必ずその絵(建築)の意図や説明を聞きたがるが、「こうなってしまった」と答えるしかない。私の作品には主張も意図もない」
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by unocolumn | 2010-07-06 17:16 | 本・言葉

7/6 「堀文子の言葉 ひとりで生きる」を読んで その1

備忘録とする。

(  )言葉を置き換えてみる。



「奢らず、誇らず、羨まず、欲を捨て、時流をよそに脱俗を夢見て、私は一所不住の旅を続けてきた」
 

「自分の無能を恥じ、己との一騎打ちに終始し、知識を退け、経験に頼らず、心を空にして日々の感動を全身で受けたいと心掛けた」


「肩書きを求めず、ただ一度の一生を美にひれ伏す、何者でもないものとして送ることを志してきた」


「私は絵(建築)で自己主張しようという意志もなく、名を揚げようという気もなく、心に響く美しいものを記録し(想い)ながらここまできた」  


「むしろ絵(建築)に自分自身の苦渋の痕跡を留めないようにしてきたようなところがある。自分を表現するのが芸術家なのだろうが、私は隠匿癖があって自己顕示欲が乏しい」
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by unocolumn | 2010-07-05 22:51 | 本・言葉

5/6 」「辰巳芳子 食の位置づけ」を読んで

心に残った言葉とそれから感じた自分の言葉(小文字)をここに記す。特記なきは、辰巳芳子筆。

「食べることは、他のいのちとつながることである」  福岡伸一
「食べる」=「住まう」

「生態系全体を見ると局所的な幸福は絶対に全体の幸福にはならない」                        福岡伸一

「きちんとつくるべきようにつくるには、まず、ものの本質と向き合わなければならないからです。その次には、ものごとの法則を見つけていく、ものごとの法則とつき合っていく、従っていくことが必要になる。                    

自然を手のうちに扱い、ものの本質と向かい合い、ものごとの法則に従っていく。従わせていく。こうすることで否応なく自我が落ちていくのです。                   

思想と祈りをもって、ものの本質と向き合い、真の合理性を生きる日々の生活に、神は宿るのだと思います。           

「食べることは単に油差しじゃない。燃料補給ではなく、食べ物と自分との、分子レベルでの『いのちの交換』である」  福岡伸一
「住まうということは単に食して寝て、からだを休める場所だけではなく、住まいと自分との、魂レベルでの『こころの交換』である」

「人間はものがないと生きていられない。だから人間は決してものより優位ではないと思う。本当に兄弟感をもって生きなければならないと思います」

「料理って、ものを征服することではないんですね。それに従っていく、ものが手引いて、手を引っ張っていってくれるところへ、自分を添わしていく」
「料理」=「建築」    

「『神と人とのつながり』に強く結びついていくと思うんです。我を出すとか、人間中心という姿勢ではなく、もっと大いなるものに委ねていく」                    伊藤幸史

「風仕事とは、やれることはやるけれど、あとはその風におまかせしていく」
「天命を信じて、人事を尽くす」私の仕事の仕方です。  
 
「食を通して全ての生きとし生けるものと自分の身体はつながっている、(中略)私たちの身体はひとつの緩い結び目に過ぎない」
「食」=「住」   

「自分のいのちは自分のものではなく、仕えていくいのち」 
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by unocolumn | 2010-05-06 12:32 | 本・言葉

10/29 礼儀

先日、紳介が、事前の挨拶が無かったと本番中に後輩芸人を叱責したということがあった。そして、最近、ビートたけしが、本番前の安眠妨害だといって挨拶禁止令を出したとか。さすがだと思った。礼儀は、社会を上手く生きていくための大人のマニュアルだ。でも、そのマニュアルには欠陥がある。相手の肩書き、年齢、キャリア、性別、さまざまな条件によって変わる。そこに何か人間として不純なものが絶対にないといえるだろうか。私は、縁ある人に自分ができる最大限の愛情を持って接っしたいと思う。礼儀なんてクソくらえ!
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by unocolumn | 2009-10-29 09:21 | 本・言葉

9/8 ものといのち

人は、もの1によってなかみを見ることができる。もの1無くして、どうして人間という不完全な存在が、いのちに至ることができよう。むしろ心に近づくために、神が人に与えてくれたものが、もの2の本質だと言っていいかもしれない。このように、もののリアリティー(存在感)1によっていのちを追い、いのちによってもののリアリティー1を求める人は、ただもの1を見たり語ったり分析したりしていることでは満足できず、自らの手でそれをつくらずにはいられない。というよりは自らつくらずして、もの1の本質を見ることはできない。
(中略)ものをつくるという人間の行為は、なんと不思議な神秘であることか。自分を捨て、自分を超えた素晴らしいものに、身を捧げ、没入する。それを部分的にではなく、すべてをかけて行ったとき、まぎれもなく、まさにその人そのものが大きく姿を現す。

これは最近読んだ「シェーカーへの旅」藤門弘著の巻末で、建築家の香山壽夫氏が書かれた解説の中での一文を、勝手ながら少し自分なりにしっくりする文字におきかえたものです。太字が置き換えた文字。  原文 1「かたち」、2「かたちというもの」 
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by unocolumn | 2009-09-08 10:49 | 本・言葉

8/21 犬馬難鬼魅易

犬馬難鬼魅易(ケンバムツカシ キミヤスシ)これは画家の松田正平や白洲正子が大切にした言葉です。「鬼や魑魅魍魎などの奇異なものを描くのは簡単だけれど、犬や馬などの平凡なものを描くのは難しい」という意味です。当たり前のものを当たり前に描く難しさ、そして、平凡なことに繰り返し感動できるすばらしさを云っています。

私も大切にしたいと思います。
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by unocolumn | 2009-08-21 21:49 | 本・言葉

8/13 柳宗理 エッセイ

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柳宗理 エッセイ
印象に残った内容を一部紹介します。

「ほとんどのデザイナーが人々の購買欲をそそるため、刺激的なデザインに憂身(ウキミ)をやつしていた。また商品の回転を早めるため、移り変わりの早い流行のデザインに熱を入れていた。このようなデザインをインパルス・デザインと言うが、・・・」

「無駄なものは一切省き、機能的にぎりぎりの形まで追求されている。したがってデザイナーの美意識等介入する余地は一切ないわけだが、かえって厳然とした姿をしていて、正にこれをアノニマス・デザインと言えるだろう。人間の命から出発したものは、商売として金儲けのために作られたものとは較ぶべくもない美しい姿をしているわけだ。」

「デザインの形態美は、表面上のお化粧づくりからでは出て来ない。内部から滲み出たものである」

「本当の美は生まれるもので、つくり出すものではない」
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by unocolumn | 2009-08-13 14:14 | 本・言葉