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ぜんぶ手でつくる

3、雑誌の掲載や賞をもらって喜んでいるうちは ∙ ∙ ∙

雑誌に掲載されたり,何がしかの賞をもらって喜んでいるうちは、本当に作りたいと思うものが作れないと思う。それでも作れると思っている人は,おそらくそれほどたいしたものは作っていない人だ。

要は自己プロデュースのことだ。僕らの仕事は、クライアントの決断によって成立する。その決断が何によってなされたかがとても重要だ。それによって最終的に作るものが大きく変わる。自分の仕事の価値を正確に伝えることに細心の注意を払うべきで、評価の材料は、自分でコントロール出来る範囲に留めることが大切だ。

特に第三者の評価は気をつけた方がいい。例えば雑誌。雑誌は写真の撮り方から始まり、解説文の内容など明らかに編集長の好み、評価,意図が反映する。意にそぐわない内容は往々にしてある。しかし,それを見た人は私の仕事として評価する。もうひとつ問題なのが、何がしかの全国誌の載ったということで一種のお墨付きがついてしまうことだ。そのような多数が評価したと思わせるような情報は、クライアントが自分だけの価値観で決断しようとする時にその正確さを曇らせる要因になる。

賞も同じことがいえる。主催者の意図や審査員の好みで決まることがほとんどだ。自分と同じ賞をもらったやつがとてつもなく変だったりすると,「俺ってあいつと同じ評価?同じ価値っていうこと?」と思ったりする。何も知らない一般の人は当然そう思う。どういう評価でどういう価値基準で選ばれたか理解しないまま、ブランド価値だけが一人歩きする。じきに「何々賞を取ったから人だから頼もう」なんて人から依頼がきたりする。そうなると最悪。第三者(雑誌や賞)の価値観がものづくりに色濃く反映してくる。それらは大方売れ筋だったり流行のもの、多くの人の共感を得安いものだったりする。時代の基本は外さずに普遍性の無いつまらないものになる。また,そういうものを期待されるし、そういうものしか作れない。

ボクが建築写真に期待しないのも同じだ。建築写真は写真であって建築ではない。当り前だ。撮る人の意志、価値観が必ず入り込む。自分が撮ってもそうだ。だから写真のクウォリティーなんて実はどうでいい。実物に興味を持ってもらうきっかけになればいい。写真はあくまで写真家の作品だ。ボクの仕事とは全く関係ない。

大切なことは,自分の価値を他人に侵されないことだ。自分が納得しコントロール出来る情報を地道に気長に出し続けるしかない。ぶれずに研鑽を続けていれば,きっと誰かが見ていてくれる。結果はすぐには出ない。でも、いつかその誰かはかけがえのない大切な人になる。

追伸
おそらくボクが賞をもらって嬉しく思うのは,職人の仕事が評価された時かクライアントが評価された時だけだろう。

追々伸
ただ、独立間もなく実績の少ない新人の人は手段を選ぶ必要はないが、初めの一歩はとても大切。金のために設計はしないこと。同じ目的の施主から依頼が来るから。後でなかなか修正が利かない。
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by unocolumn | 2014-10-05 18:05 | 建築観
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