ブログトップ

column

unocolumn.exblog.jp

備忘録 磯江毅の言葉から

写実(建築)的方法ということ。自己を表現するということの意味にも疑問を持つようになり、傲慢ささえ覚えるようになりました。写実(建築)は、むしろ自己を抑え、対象物(素材)そのものの再現に徹することのなかに、表現意識を封じ込んでゆくこと(=哲学)ではないかと考えるようになりました。

表現するのは自分ではなく、対象物(素材)自体であるということです。その物(素材)が表現している姿から、どれだけ重要なエレメントを読み取り、抽出できるかということなのです。角膜に受動的に映る映像を根気よく写す行為ではなく、空間と物(素材)の存在のなかから摂理を見出す仕事だと思うようになったのです。

(素材)をよく見るということは、物(素材)の成り立ちを見極め、やがてそれを解体、解剖することだと思うようになった(中略)。 写実(建築)には、客観性(社会性)の尊重というルールがあります。しかし、作家(建築家)はそのルールを守りつつ、自身の主観的表現欲とどのように対応し、折り合いをつけてゆくのでしょうか。作品(建築)の精神性の高さはそんなルール(社会性)の中に見出す精神の自由さによるものだと思っております。
[PR]
by unocolumn | 2014-06-18 13:54 | 建築観
<< 備忘録 講演会   私感          吉村順... >>