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アイコン建築物・ブランド建築家

ユリイカの3月、4月号の飯島洋一氏の論考は痛快だった。
表題は「らしい」建築批評。
内容は新国立競技場計画設計競技の批判に始まり、ザハを初めとする著明建築家が作る建築を「アイコン建築物」といい、彼らを「ブランド建築家」と切り捨てる。また、彼らは資本家の「顕示的消費」「見せびらかしの称賛」のための定番商品を作り続けているだけで、安藤がスタンスが同じというル・コルビジェが抱いた革命の精神性は全くないばかりでなく単なる趣味的なだけだと言い切る。そして、真に強い建築とは自立性や表現の強さではなく、建築が自ずと自然に馴染むことの強さだったり、コルビジェのように社会改革のための建築という強さこそ建築に求められているという。などなど一部を紹介したが、彼の論考は多岐に渡り、数十ページとなり次号にも続いている。

同年代の僕には彼の怒り、悲しみは手に取るほど良く分かる。安藤に憧れ建築家を目指した僕らの世代にとって安藤の裏切りは許せないものだ。僕自身20代はむさぼるように安藤建築を見て回り、ディティールを研究し、いつか安藤のようになりたいと憧れていた。しかし、彼の仕事量や規模が増すにつれ、彼は僕の憧れではなくなった。そして、征服すべき山がなくなった僕の30代は、遭難した登山者のようなだった。もうあの苦しい時代には二度と戻りたくないが、彼がいなくなったおかげで今の僕があることは疑いのないことだ。あらためて思うと僕のこの20数年間はブランド建築家になりたくない、アイコン建築物は作りたくない、資本家の道具にされたくないともがいてきた時間だった。そして、彼がいう真に強い建築を模索した時間だったともいえる。
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by unocolumn | 2014-04-12 13:48 | 建築観
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