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絶望しないチンパンジー、希望を持つ人間

先日新聞にこんな記事があった。
「人間とは何か。想像かなと思う。チンパンジーは全く違うものを結びつけるのが難しい。例えば、お絵かきであらかじめ目のない顔を描いた紙を与えると、顔の輪郭線をなぞるだけ。人間も2歳半ぐらいの子は同じようにするが、3歳になると目をかく。チンパンジーはそこにあるもの、目の前にあるものをみている。人間はそこにないものを考える。
 こういうことがあった。レオというチンパンジーが脊髄炎で首からしたが突然、まひした。体重が激減。床ずれもひどかった。ところがレオは全然へこたれない。寝込んでやせて骨と皮になって。僕だったら完全にだめ。介護のかいもあって回復したが、そこで思ったのは、チンパンジーは今ここの世界に生きている。人間はそうでなく、想像する力がある。100年先、100年前のことを考える。
 想像する時間と空間の広がり方が人間はものすごく広い。チンパンジーは今ここを生きているから寝込んでもこのままどうなってしまうのだろうなんて考えない。チンパンジーは絶望しない。絶望する理由がない。人間は絶望する。このまま寝込んだらどうしようと。でも絶望するということが、まさに希望を持つことにもつながる。どんな状況にあってもはるか遠い先のことに思いをはせて、希望を持ち続けることができる。それが人間なんだなと思うようになった」

座禅は考えないことの練習。禅宗は「今ここに生きろ」と教える。チンパンジーは生まれながらにして禅の達人だ。希望なくして生きることができる。「苦」を生む想像力とはなんだろう。それこそが人間ということなのか。
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by unocolumn | 2010-07-27 22:56 | 建築観
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