はずかしながら、この歳になって分かってきたことがある。そんな折、以下の言葉に導かれた。
「美しい花がある。花の美しさなどない」 小林秀雄
「美というものは、役に立たないように見えるが、それでいいのだと思う。役に立ったら欲と結びついて美は消えてしまうだろう。美はかたちのないもので柔らかく仰々しい姿を見せない。では、いったい何だろう。と考えてみれば、永遠に輪廻する命ということになるだろう」
堀 文子
「画の勝負は美しいとか醜いいというかいうものではない。生きているか、死んでいるかが問題だ。美しいようにみえて、死んでいるのがある。醜いように見えて、生きているのがある」 中川一政
ボクは、20年もの間「美しさ」を作ろうとしていたのではないか。「謙虚」を自明としていた自らが、騙るに落ちていた。「美」は作るものではなく、“ある”ものなのだ。「無私」が“神”に送る招待状であることは充分知っている。でも、凡人のボクに今できることは、「諦めないこと」、「夢中になること」、そして「受け入れること」